Murmur hassy 2.80β

Tumblrの使い道が出てきた

Twitterはその時その時をひたすら呟いたり、仲の良い人達と言葉遊びしたり。

長文がダメなのが逆に文章を考えちゃうから躊躇するし、そもそもTwitterのテンポに合わなくてさ。

こっちで長めの自分の考えをと思う。

茨城県民の歌 第三番

世紀をひらく 原子の火 寄せる新潮 鹿島灘 このあたらしい 光をかかげ みんなで進む足なみが あすの文化をきずくのだ いばらき いばらき われらの茨城

小学校の頃に暗唱できるほど歌ったけど、知らない間に原発政策を刷り込まれてたんだなと、怖くなった。社会科見学が日本原子力研究開発機構だったしね。

さて、「シクラメンのかほり」に話を戻そう。「かほり」という表記が歴史的に間違いであり、加えてこの花が「かほり」もしないことを長年指摘されて来たの に、何故小椋佳はこの題名を一向に直そうとしないのだろうか。それがこの歌の謎なのである。私もどこかでこの題名の謎を知って、それ以来何となく気になっ ていた。

 それがある日、謎が一気に解けたのは、ネット上で小椋桂の奥さんの名前を偶然に知った時だった。何と、佳穂里さんというではないか。佳穂里なら、発音は 「かおり」でも表記上では「かほり」だ。その瞬間、旧かなの間違いを指摘されても小椋桂は「極めて意図的に」これを直さないのだ、ということが分かった。

 そう思って、再度「シクラメンのかほり」の歌詞を読み返してみて驚いた。名詞で「シクラメンのかほり」とは言っても、動詞で「シクラメンが香る」とはど こにも言っていないのである。1番に「真綿色したシクラメンほど清しいものはない」2番に「うす紅色のシクラメンほどまぶしいものはない」そして3番に 「うす紫のシクラメンほど淋しいものはない」とあるだけだ。しかもこれらの後にはそれぞれ「出逢いの時の君のようです」「恋する時の君のようです」「後ろ 姿の君のようです」とあって、シクラメンに「君」が見立てられている。つまり、この曲は自分の妻に捧げた愛の讃歌だったのだ。小椋桂にとっては妻の佳穂里 さんは「シクラメンの君」であり、それならばこそ題名は「シクラメンのかほり(=佳穂里)」でなくてはいけなかった。

U2というバンドがある。
ボーカルのボノ、ギターのジ・エッジ、ベースのアダム、ドラムのラリー。
1980年にアイルランドから登場したこの4人組は、卓越した演奏力はさることながら、
ボノの書く、貧困、宗教、国家といった社会問題に切り込む歌詞が反響を呼び、
瞬く間に世界的バンドとなった。
そんな中、1984年に「Pride (In the Name of Love)」という曲が発表される。
この曲はマーティン・ルーサー・キング牧師に捧げられた曲であり、彼の功績を讃えた曲だった。
それまでも様々な団体から圧力や脅迫を受けていたU2だったが、
特に全米ツアーが決まった後は、KKKを始めとする人種差別主義団体から、
大量の脅迫状が届いた。
その内容は、アメリカに入国したら射殺する、Prideを演奏した場合ボノを射殺する、
といったものばかりだった。
ツアーの中止も検討されたが、メンバーたちは
「路地裏の倉庫で練習してたときから、俺たちには失うものなんてなかった」
そう言ってツアー実施を決めた。

アメリカに入ると、空港で待っていた地元の警察から、銃撃されるならL.A.だ、との警告を受ける。
「ご丁寧に死の宣告をどうも」ボノは返した。体制の象徴である警官に
大勢で警護してもらうという皮肉も少し可笑しかった。
ツアーが始まり、U2は大小様々な嫌がらせを受けながらも、全米を回り続けた。
そしてついにくだんのL.A.。警備のチーフが駆けつけ、タレ込みによれば明日のライブがヤマだ、
と告げた。

ライブ当日、出番を待つメンバーの元に、スタジアムの警備から不審者を確保したとの連絡が入る。
銃を持ち込もうとした人間が複数、取り押さえられたとのこと。
スタジアム内にライフルが持ち込まれる可能性も指摘された。
これにはメンバー、スタッフとも青ざめ、ライブ中止、せめてPrideをセットリストから
外すことが提案された。
しかし、ボノはなんとしてもPrideを歌うと決めていた。

いよいよステージに上がり、熱狂的なパフォーマンスを繰り広げたU2。
問題のPrideを演奏し始める。メンバー4人にかつてない緊張が走る。
ボノは力の限り歌った。

 一人の男が現れた、愛の名の元に
 一人の男が現れ、そして去った
 一人の男が現れた、正すため
 一人の男が現れた、覆すため
 愛の名の元に

スタジアムには数万人の観客。見晴らしは良く、自分はステージの中央に立っている。
撃つならこの曲の間だろう。殺そうと思えば簡単だ。
ボノは迫る死を意識し、今までにない恐怖を感じた。
その時、客の中で何人かの男が不審な動きをしたように見え、ボノは思わずしゃがみ込んだ。
いよいよ殺される、ボノは目をつぶったが、歌声だけは精一杯張り上げた。
そして曲も後半に差しかかり、ボノが恐る恐る顔を上げると、目の前に1人の男が背を向けて
立っていた。
アダムだった。
彼はベースを弾きながらボノの盾となって仁王立ちしていたのだ。

「あの夜、あそこで見たヤツの背中を、俺は一生忘れない」
2006年、3度目のノーベル平和賞候補に選ばれたボノは、そう語った。

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前にも Reblog した気がするが、あまりにかっこいいのでもう一度。

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前にも Reblog した気がするが、あまりにかっこいいのでもう一度。

35 :おさかなくわえた名無しさん :2010/10/05(火) 16:43:34 ID:Pq97tSvW
横須賀ドブ板通りで、立ち飲み居酒屋をやってる爺さんの店をテレビで取材してた。
場所柄、米兵と日本人が半々ぐらいの客層らしい。

ある日、日本人の酔っ払いが来店して、黒人相手に喧嘩を吹っかけたらしい。
店主は、しばらく様子を見ていたが、あまりに酷いので、その日本人を追っ払った。

すると黒人の客が、「俺は黒人だから、追い出されるのは俺だと思った。」と言ったそうだ。

店主は、「あんたは何も悪い事してないのに、何で追い出すんだよw」って言ったら、
その黒人は、泣いて感謝して、それからもよく通ってくれたそうだ。


屈強な黒人米兵が、爺さん相手に泣いてる所を想像したら和んだ。
と同時に、彼にそこまで言わせる人種差別も、まだ根強いんだな。

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